もったいないおじいさん

とてもけちなおじいさんがいました。

いつも、「人を助けるのはもったいない。」と言っていました。

ある人が「なぜ、人を助けるのがもったいないのですか。」と聞いてみると、

「時間をその人のために使わなければならず、それでお金が稼げるわけじゃない。

 疲れるし、その人が喜んでくれるともかぎらない。その時間があったら、お金が

稼げるじゃないか。」と言いました。 「しかし、喜んでくれるでしょう。」

「喜んでくれたって、俺が得するわけじゃない、俺は自分が損するのはとにかくきらいだ。」

そのおじいさんにとっての時間は、1日中、得をすることや稼ぐことにつかいたいのです。

ある時、おじいさんは通りすがりの青年に助けてもらうことがありました。

道がわからなかったので、教えてもらったのです。

おじいさんは、「あんたの時間を使ってすまなかった、これはそのお詫びだ、うけとってほしい。」

と、お金をいくらかその青年に渡そうとしました。

青年はびっくりして、「いえ、これぐらいでいただけません。」と言いましたが、

「あんたは私のせいで、時間や余計な気遣いで損をしたんだから、わたしはそれを償う必要がある。さあ、

受け取ってくれ。」と言いました。

おじいさんの損をしたくない思いは、徹底していました。ほかの人にも同じようにしていましたから、あまり助けを 望むこともありませんでした。

ある日のことでした。

おじいさんの旧知の友人が、何年もかけてつくりあげてきた作品がとうとうできたというので 、お祝いをすることにしました。

おじいさんも一緒に喜びました。彼が、毎日、長い間、コツコツと頑張ってきたことを知っていたからです。 何度も失敗していましたが、出来上がったものは、大変満足できるものでした。

友人の満足しきった喜びの笑顔を見ると、おじいさんも自然と顔がゆるむのでした。

ところが、その作品は、運ぶ途中でトラブルがあり、たったひとつのたいせつな作品は、こなごなに なってしまいました。

それを聞いたおじいさんは、「友人は損をしてつらいだろう」と、

「私はけちだが、損をした友人のために時間を使おう」と、その作品の修復を助けることにしました。 でも、大部分が修復不可能で、その友人は、数時間後にあきらめました。

「また作り直せるとか、誰かが弁償できるレベルのものじゃないんだぞ!」いったい、何を やっている!もったいない!」おじいさんは、損が嫌いなだけに、かんかんに怒りました。



「いや、いいんだ。」その友人は、しずかに答えました。

「僕は、これを作っているときも、できあがったときも、とても幸せだった。努力が全部無駄に

なってもかまわない、私はもっと、いいものをつくるよ。」

その友人は、その作品のかけらを、全部捨てました。

帰り道、おじいさんは、助けられなかったうえに何時間も時間をつかったのに、

もったいないと思わなかったことに気づきました。 そして、なんともいえないいい時間だったと思いました。

実はおじいさんは、昔、人を助けたときに、報われないことが多く、犠牲と時間ばかりを大きく浪費して

(人を助けるなんて、ちっとも良いことがない。)と、すっかり弱ってしまった経験があったのです。

後日、友人からお礼の品が届きました。

でも、おじいさんは、助けたあのときよりも、嬉しくありませんでした。

「ああ、あの時間は、俺には、もったいなかった。」

それから、おじさんは「もったいない」と、言わなくなりました。

                         おわり