踊る目覚め




小雨の降る中、やえかは音楽を聴きながら歩いていた。
生命の息吹を、植物や動物、生き物すべてが大合唱したような音と響きだ。

小さな草原の一画に、男の人が嬉しそうに踊っているのを見た。

何であんなところで踊っているのだろう、どうして嬉しそうなのだろう。

でも、その光景を見て涙が自然にあふれる。

生きているというだけで感謝と感動にあふれていた。
細胞が躍動し、生命への感動でいっぱいの青年は、顔はわからないが、周りの植物とともに、
生命の宴をしているようだった。



1


「うおー、できたー」身体で喜び、友達にすぐ見せて回る。

そう声を出した人は、紺野なるみといった。

(うるさいなあ・・・。)

やえかは、その男性の斜め後ろに座っている。単語帳を持ったまま、だるそうに頭をあげて、なるみを見た。
勉強中だけ眼鏡をかける彼女は、その男性がちょっと苦手であった。

文化センターの一室に、自習室のような部屋があり、それぞれ勉強したり、パソコンを使ったり、
仕事や趣味に没頭できる場所がある。
そこで、ときどき出会う青年がいる。身長はやえかと同じくらいで、髪は短く、服は20代の普通の青年らしい
服だが、言動がトレードマークにできるほど特徴があった。

やえかから見て、なるみは、右脳だけで生きているような、感覚重視の人だった。

なるみは、将来は童謡と童話を作って暮らしたいという。
行動も、決断が早く、くるくるよく動く。慎重派のやえかとは正反対の言動をする。

なるみにとって、どうでもいいようなことに感動し、何か声を出しながら、全身で喜びを表現する。
ときどきびっくりしたけれど、ある意味うらやましくもあった。

やえかは、サンタクロースも、白馬の王子様も妖精も信じたことがなかった。
しかし、友達がそれを信じることは否定しなかった。
自分が信じていないからといって、人の夢まで壊すことはしたくなかったのだ。

将来なりたいものは、子どものころから経済関係の正社員、と言っていた覚えがある。
なんだか安心して仕事ができそうな印象があったのだろう。
無駄が嫌いで安定をなにより好んだ。

やえかは、なるみのような人を見ると、なぜか気持ちが苦しくなるのを覚えた。

文化センターの休憩所であるカフェで、やえかはなるみと会った。
なるみは気さくで、いつも自分が作ったお話を誰にでも気軽に話す。
やえかは、なるみと顔見知りになっていて、お昼に食堂で食べながら話をしたり、一緒にお茶を飲んだこともある。

会話は上手で、自習室でもヘッドフォンで音楽を聴きながら創作したりしていたので、かなり覚えやすい人だった。
「やえかさん、勉強すすんでる?」
なるみがアイスティーをテーブルに置きながら、尋ねた。美味いよね、ここの飲み物は、と言いながら美味しそうに飲む。
「うん、すこしずつね。苦手なところもあるんだけど、先生が、小さなことでも教えてくれるからね。」
やえかは、経済関係の資格試験の猛勉強中だった。お茶の側に、携帯を置いて、質問した先生からのメールを待つ。

「そう、俺もできたよ、ほらみて、こないだのつづき。」
そういって、ノートを見せてくれた。ちょっと性格は苦手だが、とても屈託なく、人を意地悪な目で見ないため、
憎めない人でもあった。
彼から見たら、私は堅物だろう。しかし、人の違いを面白がる性格なのか、気さくに話してくれる。

実はやえかは、彼が作る童話を、ひそかに楽しみにしていた。

自分から聞きたいとは決して言わないが、
いつものぶっきらぼうな態度がやわらぎ、やさしい笑顔をなるみに向けてなるみの話す童話を聴く。

現実的なことを何より大切に生活しているのに、これだけ彼の作るものに惹かれるのは矛盾しているし、
彼女自身、その理由がわからずにいた。

なるみが話し始めて、数十秒で、やえかは彼の童話の世界に入っていくことができた。





つづく