踊る元気
11
小雨が降ってきた。
霧とほとんど変わらないので、傘をさして歩いている人はほとんどいない。
やえかは、なるみに誘われて、住宅街の一角にある、ちょっとした小さな森にやってきた。
森は、ベンチが1つ2つあるだけで遊具もなく、小さな広場が2、3個あるほかは、よく育った樹と
植物が何十種かわからないが、バランスよく生息している。
歩くと、落ち葉の乾いた音が聞こえる。その葉と、地面に低く生きる草の敷物の隙間に、
濃い茶の土が見える。
やえかは、その土をぼんやりと眺めながら、かさかさと音を立てながら歩いた。
ここはなるみのとっておきの場所だそうで、ウォーキングやハイキングに来ている人も
多いらしいが、今日はあいにくのお天気なので、静かで人も通らない。
公園というより、自然保護のための場所だろう。
小さなお店があり、飲み物を売っていたので、やえかはホットティー、なるみ君は、ホットミントティーを注文した。
熱い紅茶にそっと口をつけて飲む。
たまにはこういうところで息抜きするのもいい。
しばらく歩いていると、どこからか、森に住む人が楽器を手作りして奏でているような、乾いた響きを持つ
音をリズム良く奏でている音楽が聞こえてくる。
ああ、あそこで座っている妙齢の男性の方が、音楽を弾いているんだ。なんて心地好いんだろう。
なんの楽器だろう。やえかがいつもの癖で、その楽器に注目していると、
なるみはいきなりアドリブで踊りだした。
なるみ君はこういう人だなと、やえかはおかしくて、飲みながら吹きそうになる。
なるみの踊りを見ているうちに、やえかは不思議な気持ちになった。
そのとき、いきなり、自分の子供の頃、心を閉ざすことなど知らなかった頃のことを思い出した。
ずっと忘れていたのに、今のなるみを見て思い出すのは、あの青年のことだった。
「やえかちゃん、伝説の人の話はしたかな」
その青年は、そう話していた。
「ううん、知らない。どんな人?」
やえかは、自分よりもずっと背の高い彼を、明るい笑顔で見上げて、聞いた。
「あるとき、森に一人の不思議な人がやってきたんだ。
その人は、白いきれいな光をまとって、明るくて、踊りがとても上手だった。
木でできた横笛をいつも持っていて、どんな人も、その音を聴くと、まるでいきなり愛情で心をだきしめられて
しまったように感じられたんだ。
さっきまで悲しんでいた人も、どんなにつらいことがあった人でも、しゅんとしていた植物も、
彼に会えば元気にならずにはいられなかった。
どこから来たのかも、どこへ行くのかもわからない。いつも生き生きとしていて、楽しげで、森一番の優しい人だったんだよ。
彼の持ち物は、木の横笛と、ショルダーバッグ1つだけだった。
でも、たくさんなにかを持っているように見えたらしい…
彼の名前は、"ナタ・サティヤ"、「踊る真実」と呼ばれていた………
そのとき、やえかはこう答えた。
会いたい、わたし、その人に会いたい!…
そうだ、私にも、信じているものがひとつあった。
心の扉をしめた時からそのことを思い出せずにいたが、あの青年が創作した伝説の人物に、出会えることをずっと夢見ていたのだ。
小雨の降る中、まだ踊っているなるみをぼんやりと眺めていたやえかは、はっと気がついた。
「 ナ タ ・ サ テ ィ ヤ 」
会いたかった人が目の前にいたと気づいた。
つづく