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なるみは、その頃、文化センターの自習室で
「うーん、やべえ」
と、ぜんぜんやばくなさそうな表情でつぶやいた。
文化センターは、閉館の時刻をだいぶ過ぎたので、警備員が間違えて鍵をかけてしまったのである。
とりあえず自動販売機でお茶を買い、近くのいすに座った。
警備員が、見回りにもう一度来てくれる可能性がある。
そう思いながら、なるみは、開けられない窓から月を眺めた。
月明かりは、思ったより明るい。なるみは、しばらく月を眺めていた。
次第に、なるみの目が透明な澄んだ、でも力強い想いを感じさせるものになっていった。
なるみ自身は、いつからそんな風になるのか、自分で意識したことはなかった。
ただ自分の身体の細胞のすべてが、創造したいという気持ちで飽和する。
自分が思いつくことを、書きたいと細胞すべてが望んでいるようだった。でも、ノートが無い。
ジーンズのポケットに、折りたたんでくしゃくしゃになった紙が一枚、入っていた。
「君、どこから入ったの」
なるみがドアの方を見ると、自習室の明かりが中庭にもれているのに気づいた警備員の人が来て、
ドアを開けてくれた。
「ちょうどよかった、警備員さん。俺泥棒じゃないす、ここにいたら、いつのまにか
鍵がかかっちゃって。すみません、突然ですが、書くもの貸してもらえますか」
「書くもの?」と、制服の胸ポケットからペンを出し、なるみに差し出してくれた。
なるみは、よどみの無い笑顔で「ありがとうございます!」と言うと、紙に夢中になって書いていく。
警備員さんは、何事かと思ってなるみを見ている。
すごく早い。書いている彼は、生命のあたたかな何かを周りじゅうにとばしているようだった。
「そうか、間違えて鍵をかけたんだね、申し訳ない。でもそこで書いてないで、もう帰りなさい。夜遅いから」
紙の表と裏に全部書いてしまうと、なるみは顔をあげた。
「あの、すみません、紙は持っていますか。メモ用紙でも何でもいいんですが」
「…家に帰って書きなさい」
そう言いながら、警備員さんも良い人で、小さいメモ用紙を何枚かなるみに渡してくれた。
どうも憎めない子だと、警備員さんは苦笑した。
文化センターの外にいる人からの、呼び出し音が鳴っている。
「そこの非常口から帰ってください」となるみに話してから、一度、警備室に戻った。
点灯しているランプのボタンを押し、警備員さんは「はい。」と、応じた。
モニターに20代くらいの女性がいる。
「みどり市の者です。探している人がいるのですが、館内にまだ人はいるでしょうか」
やえかは、なるみのことだから、時間に関係なく文化センターにいるかもしれないと思っていた。
「お知り合いですか。男性が1人、自習室にいますが、まもなく帰られると思います。」
「きっとその人です。ありがとうございます」
警備員さんは、自習室へと様子を見に行った。戻っていくると、モニターのやえかにこう話した。
「お手数ですが、自習室まで来ていただけませんか。寝ていらっしゃるようで、なかなか起きないのです。
机にも落書きがしてあるようで…」
「落書き?」やえかは、驚いた。
もらったメモ用紙も、すべて使ってしまったなるみは、自分の中に生まれてくるものを、表現したくてたまらなくなり、
とうとう机に書いてしまった。
音符も書かれている傑作は、机にびっしりと書いてある。
なるみは、書いた順番に、紙を並べて、机で寝ている。書ききって満足したのだろう。
やえかは、それを見て、ふっとあたたかな涙を浮かべた。
つづく