木香薔薇の庭
次の朝、さよは、
昨日のことをほのかさんにあやまった。
思えば、ちゃんとほのかさんに事実を確認しないで決め付けていた。
話を聞いただけで、もう無くなっていたと思った以前の職場の、不信感を、まだ
ひきずっていた気持ちがよみがえり、「不幸の手紙」を、渡してしまったのだ。
「え、手紙?」
そんなのもらったかな、とほのかさんは思いをめぐらしたようだ。
「ええと、昨日の帰りに…」
ほのかさんは、ああ、と今頃思い出したように笑って
「それなら、ゴミ箱に捨てちゃったわ」
と言った。
さよは、目に手の甲をあてた。いちばん伝えたくない人に、伝わるものだ。
そして、ほのかさんからは、一緒に歩いていこう、という手紙を、いつも
もらっている。
「大丈夫よ、さよさんからもらう手紙は、いつも、かなしいことがあったけれど、
それを克服する力をもっています、って追記が書いてあるから」
「そんなこと書きましたっけ…」
なんの話かわからなくなってきている。
「ええ、さよさんは、希望とか、元気とか、他の手紙も一緒に渡しているのよ、
自分では気がつかないかもしれないけれど・・・私は、それだけとっといて
あるし、そうでない手紙も、読み方次第ですぐなくなっちゃうの」
そして、仕事が終わった後、店長の話になった。
「引き受けていただけますか」
ほのかさんに言われた。
さよは、支店長のことは頭になかった。あまりそういうことに向いてないと
思っていたからだ。一日考えさせてください、と言い、お店を出た。
調理師の資格もあるし、ほのかさんのところで働いても、やめてまったく違う
分野で独立してもいい。
(私がしたい仕事って、どんなイメージなんだろう…)
しおりは、無事、サービス業へと就職した。
品がよく暖かなもてなしのその施設は、いかにも、
しおりに合っていた。
良い香りが漂ってくる家がある。
もうすぐ、夕食の時間だ。
夕食で、一家団欒のイメージが出た。
人を招いて、あたたかいもてなし。
(そうだ、そういうのがいい。
お客様がほっとできるような料理を出す。)
そして、そういう料理はさよにとって、やはり
ほのかさんの料理だった。
さよは本来、独立精神が強かったが、今のところ、ほのかさんのメニュー
以上に作りたいものがない。
(支店長として経験を積んでから、独立してもいい。)
それに、不幸の手紙は、たとえ受け取っても、失敗しても、大丈夫。
何度でも回復させ、前進していく。
自分は受け取る前に、もっと、相手が望む手紙をわたしてしまおう。
これからも失敗はあると思うけれど、さよは、とても前向きな気持ちになっていた。
いちばん伝えたい人に、伝えたいものを渡せるようになる。
つづく