銀 杏 先 生



 1


「伊藤、お前がこれをこわしたと、この2人から聞いたぞ。」

先生の怒った声で、教室がしんと静まり返り、
伊藤太一は、静かに立ち、顔を少し緊張させて黙っていた。

先生が指す先には、割れた窓ガラスの破片が飛び散っていて、そこから少し距離を置いて
丸く、生徒たちがその状態を眺めていた。

(違う、俺じゃない・・・)
太一は、ほんとうは自分がこわしたと言った2人が、こわしたことを知っていた。
でも先生に怒られるのが怖くて、大人しくて口ベタな伊藤のせいにして、先生に話してしまったのだ。
他にも現場を見た生徒はいるけれど、例の2人の仕返しが怖いのか、
何も言えずに、落ち込むようにうつむいていた。太一は少し、その生徒たちを気の毒にも思った。

その2人は、太一の方を見ずに、まっすぐ黒板のほうへ目を向けて、動かずにいる。

先生からお説教されながら、太一は、その2人にガラスを割った責任を
押し付けられたことよりも、太一がやったと決め付けて、2人の言うことを信じて怒ってくる
先生にがっかりした。
(何で、俺の意見も聞いてくれないんだろう・・・)

先生は、もうすっかり伊藤が悪いことをしたと思って、これをするとこれだけの被害がでてくるとか、
ほかにこんなことをする人もいるなど、大きな声で話し続けた。

伊藤は、もうこの先生にはどう思われてもいいと思い、「すみませんでした。」と一言
言うだけで、教室を後にした。

2

帰り道の夕焼けは奇麗だった。
道路の向かって左側は田んぼになっていて、オレンジの陽の色が暖かく広がっていた。
伊藤は、この道を通るのが好きだった。
田んぼの向こうには、小さな森が広がっているけれど、太一はまだ入ったことがない。

太一は、歩きながら静かにため息をついた。
(ああ、ほんとうに俺が心を安心して開ける大人は、いないのかな。)
しばらく歩いていると、なんとなく、会えるんじゃないかな、という気がしてきた。
(どうしたんだろう、さっき悲しい思いをしたばかりなのに、もう気持ちが上へ向かっている。)

道路のはみ出た、草むらに、
ひとりの男性が田んぼに体を向けて座っている。
太一のことは気がついていない。20代後半だろうか。
夕日のなかで、彼は動かず、何かに見入っているようだった。


つづく