彼の方から、何か風で飛ばされてきた。白くてぺらぺらしているので、紙のようだった。 風に踊らされるように空中を動き、太一の足元に斜めに落ちた。 太一は、紙を拾い、そもままぶっきらぼうにその男性に手渡した。 「ありがとう」 意外と、透き通った優しい声をしている。 彼は、紙に目を通すと、すぐ太一に目を向け、少し笑ったようだった。 決して美形ではないが、あどけない目をしていて、いわゆる同性に好かれそうな感じの顔だった。 「ここの景色はいいね」 その男性は、座っていたときに目を向けていた景色にもういちど、目を向けた。 太一も同じ方向に目を向けたけれど、その男性ほどはいいとは思えなかった。 (毎日見ているし・・・。それにきっと、この男性ほど感受性が高くないんだろう。) 「ほらそこ、屋根が見えるでしょ、僕の家があるんだよ。」 その人は、雑草のことに詳しかった。中には、ハーブや薬になるものもあるという。 「僕、雑草先生って呼ばれているんだよ。」 「えっ、それはちょっと失礼じゃないですか。」 太一は、すぐ反応して憤慨した。 「そうかな。どこでも生きていける人、って良い意味だと思った。」 (いや、絶対違うと思う・・・。) その呑気そうな男性とは、その後少し話してから別れた。 3 2日後の帰り道、この間会った男性が、サンダルをはいて道を横切ってきた。 この人は、この前もそうだったが、決しておしゃれではなかった。 しかしそんな事は気にもしない様子で、風で木の枝の小さな葉っぱが揺られるだけで、 好きな女性が肩に手を置いてきたように、ぼーっとみとれていた。 「先生。」 太一は、声をかけてみた。 あまり人に声を掛けるタイプではないが、なんだかこの男性には声をかけたくなるのである。 「何してるんですか。」 「ああ、伊藤くんか。この間はどうも。」 先生は、はっとしたように太一に目を向けて、笑顔になった。 「買い物へ行こうと思ってるんだけど、俺、寄り道が多いんだよね。」 確かに、こんな藪の中にお店はないし、最短のお店まで歩いて10分はある場所に先生はいた。 「そうだ、今度、君の学校に課外授業で、教えに行くことになったんだよ。」 「え、本当ですか。」 すでに僕から俺に言い方が変わっている彼は、意外にも、本当に何かの先生らしかった。 「たしか、2年だったかな。」 「俺、2年です。」 「ああ、じゃ、君を教えるんだ、よろしくね。」 はい、と太一は答えたが、 「あの、何の授業ですか。」 「保育。」 (保育って、女子の選択科目じゃねーか・・・。) 「あの・・・俺、男子だから、受けられません」 「えっ、そうなのか。女子だけなのか」 「はあ・・・残念ですけど」 太一は、実際に少し残念だった。 なんだか、この人の授業はどんなのか、受けてみたかった気がするのだ。 「よし、じゃあ特別授業として、先生んちで、保育の授業やる。伊藤くん、友達を連れてきて、 家で今度勉強しよう。」 ほかに、先生のことを知っている生徒が数名来るという。 女子の中には、先生と話したことがあって、 「『雑草先生』っていうのは、大人の人達の嫌味でそう呼ばれているみたいよ。 ああいう性格だから、大人社会になじまないんだろうね。うちらは、銀杏先生ってよんでいるの。」 「なんで銀杏なの?」 「銀杏って、生命力強いんだって。ギンコっていうハーブティーで飲むと、身体も元気になるらしいよ。あの先生といっしょだと、 ハーブティー飲んでるみたいに、ほっとするの」 太一はハーブティーなんて飲んだことはないけれど、ほっとするのはわかる気がした。 その辺は、女子の方が敏感なのだろうか。 親に、先生のところへ行くことを話すと、「そういう教養も大事。」とわかってくれて、 先生にお茶菓子と心づけ(授業料)を渡すように言われた。 受験とは関係ないけれど、先生の提案したその課外授業を楽しみにしていた。 (授業が楽しみなんて、久しぶりだなあ・・・。) そういえば、楽しかった授業もあった。 全部があの授業だったらいいな。 つづく