銀杏先生(3)

「来てくれてありがとう。それでは、授業をはじめます。」
先生の家は8畳の部屋と屋根裏の寝室だけの、1Kのアパートのような一軒家だった。
そこに、7、8人の有志の生徒がぎゅうぎゅうに入って座った。

先生は、黒板の代わりに、生徒の1人から借りたボードを用意して、
「小さな子供というのは、本物の愛情を見分けるプロです。ですから、こちらも
プロ意識を持って、ろ過して浄化したような、純度の高い愛情を持つ必要があります。」

先生は、まず、小さな子供がこの地球に生まれて心を動かされるものは何かを、年齢順に
説明していった。
(そんな感じだったかな・・・)太一は、自分の幼児の頃を思い返してみたが、2、3歳の頃は
さすがにわからない。でも、その頃にも、環境のいろいろなものに反応しているんだということ
がわかった。
それから先生は、幼児にとって大切なことをおおまかに話し、特に優れていると思われる
育て方をした実際の人物のことについても話した。

太一は、幼児にどう対応したらいいかも、自分が父親になるかもしれないこともピンとこなかったが、
なんだかほんわかしていい授業だと思った。
受験のプレッシャーが無いせいもあるが、それだけではないと思った。
みんな、ここにいる生徒は、自分から学びたくて来ている生徒ばかりだった。

先生は、「幼児の五感が喜ぶものを、ひとつ提出してください。」
という、宿題を出した。

次の授業の時間、生徒はそれぞれ、「自分が幼児だったらこんなのがいい」と思うようなものを
提出してきた。
女子は、やわらかいぬいぐるみ、オルゴールのCD、紙のきせかえ人形など。
男子は、乗り物のミニチュア、音の出るおもちゃ、幼児が見るDVDだ。
みんな、近所や親戚の子に借りたものが多い。
太一は、おこづかいがあまりなく、お母さんにも言いにくかったので、先生の近くの森に行って
木の枝と実で小さなツリーをつくった。指でうごかすと、釣り下がったどんぐりが
ゆらゆら揺れて回る。

「へー、伊藤くんのはいいねえ、俺、こういうのすきだな。」
銀杏先生は、太一の前にしゃがみこんで、ツリーのどんぐりが動く様子を眺めていた。

(俺が良いと思うものを、先生もわかってくれたんだ。)
太一は、受け入れられるかひやひやしたが、嬉しくて、おもいきって作って良かったと、ほっとした。

「みなさん、ありがとう、保育の課外授業は今日で無事、終了しました。僕も楽しかった。」
今度期末試験が終わったら、また先生に授業を提案しよう、と生徒たちで話し合っていた。


つづく