銀杏先生(6)



6

太一の学校に、銀杏先生が赴任してから、2ヶ月程経っている。

銀杏先生は、学校の庭の一角を使わせてもらって、草花を育てていた。
校長先生も、校庭が整備されるし、生徒の情緒にも良いということで
承認して下さった。
あいかわらず、先生の好きな花が植えてある。オオイヌノフグリは、きっとあの道端の草むらから
土ごと持ってきたに違いない。
「今に、あの先生のいるところから、自然が増えていくぞ。」
と、銀杏先生を見ている男子生徒が話している。

女子が手入れを手伝ったり、男子も遊ぶときに気をつけていたので、
草花は綺麗に花を咲かせている。
先生は、授業の無いときは、ここで手入れをしていた。

通りすがりの先生が、銀杏先生に何か嫌味を言って来たが、銀杏先生は嫌味を言ったことがないので、
気がつかなかった。
「はあ、そうですか。」と、素朴に驚いて、持参の水筒からお茶を注いで飲んでいた。
同じく通りすがりの富田先生は、その様子を見て肩をゆらして笑いをこらえた。

銀杏先生よりもいくらか切れ長の目をした太一は、校庭の、花が植えられているところをぐるりと見わたして、
(いないな・・・)と、つぶやいた。
近くにいる顔見知りの生徒に、銀杏先生見なかった?と、聞こうとしたら、
たまたま近くにいた、同じクラスの女子の甘沢さんが、ひゃ、と小さく驚いた。

校庭の、銀杏が植えられている樹の根元で、銀杏先生が、帽子を顔にのせて、
葉っぱを体にいくらかのせて、昼寝をしていた。

「なんだ、銀杏先生か・・・。」
他にもびっくりした生徒が言うと、甘沢さんはほっとしたと同時に、少しかわいい先生に笑った。

銀杏先生は、その声でむっくりと起きて、自分のシャツについている葉をぼんやりとみてから、
周りの生徒に気がついて、おはよ、と言った。

「先生、びっくりするでしょう。こんなところで寝ていたら。」
生徒の一人がそう言うと、銀杏先生は、はは、と朗らかに笑って、まだ時間大丈夫だろう、と言った。

「銀杏先生。」
太一が、この前先生と話したことについて、思い切って先生に意見を述べようとやってきた。

銀杏先生は、生徒が自分のところに来ると、おっ、待ってました、という顔をする。
太一は、この時の先生の雰囲気は少し嬉しかった。

「あの、たてつくつもりはないのですが。」と言ってから

「俺としては、正しいことは、はっきり言いたいです。正義感ぶるとか、
先生が言ったような、自分を良く見せる道具という意味ではなく、
人を助ける手段として、あいまいにしないほうが良い場合もあるんじゃないかと思います。
人に言われて気づくこともあると思います。
もちろん、全部相手のことをわかったつもりになって、決め付けることも良くないと思います。」

太一は、銀杏先生の意見はわかるけれど、それだけでは報われない人もでてくることを話した。
はっきり言わないとわかってくれないことが多いのは、太一自身、よく経験していることだったからだ。

銀杏先生は、太一の言葉を、むしろ嬉しそうにじっと聞いてから、
うん、そうだね、と言った。

「良く見せるのと、人を守る場合とは、言うときの気持ちも伝わり方も違うよね。
そういうニュアンスの違いをうまく説明できなくて、悪かったよ。

でも、自分が正しいと思うことを言うときは、言葉に気をつけて言ったほうがいいよ。
相手は悪者にされたと思って、あるいは悪いことじゃないと思っていれば、
なかなかわかってもらえないこともあるし、
正しくないことが、充分にわかっていて、事情があってそれができない状態の人には、傷つけてしまう。
傷つけるために言うわけじゃないから、お互いにとって良い言葉を伝える必要がある。」

太一は嬉しかった。

生徒の言葉に、きちんと耳を傾けてくれ、真面目に答えてくれて、別に悪くないのに
じぶんの説明不足まで打ち明けてくれたことで、かえって銀杏先生を信頼するようになった。
太一は、自分の過ちを素直に子供に謝罪できる大人が好きであった。

それを聞いていた体育の先生は、
「言葉より、行動や態度の方が、わかってもらいやすいことも多いです。
さ、伊藤くん、教室へ帰りましょう、もうすぐチャイムが鳴ります。」

と、太一を促した。

銀杏先生は、雨上がりの空を見上げて
「少しずつ、あったかくなるな。」
と、言って、笑顔で上着を芝生からとってから、立ち上がって、植えてある花に目を向けてから、
歩き出した。



つづく