とう吉さんの器
江戸っ子のとう吉さんは、そのあたりでは有名な陶芸家でした。 全部の工程を1人でこなし、素晴らしい出来でした。 つくられた作品は、日常に使える器から芸術的な置き物まで、 どれも値打ちが高く、何両、時に何十万両とする鉢もありました。 そして、とう吉さんは、気前が良い事でも有名でした。 ある時、とう吉さんの知人が家に訪れました。その人は 「困った、仕事がなくて、明日食う米もねえ。」と、悩んでいました。 とう吉さんは、知人のよしみでひとつお皿をつくり、 「これを持っていってくれ。5両にはなると思う。早く、嫁さんに楽させてやれ。」 「ありがてえ。」 その人は、喜んで、お皿を質屋に持って行きました。 その話が近所につたわり、お金に困っている人が集まってきました。 「俺にもくれ。」 「私にもちょうだい。」 と、手をのばしてきました。 とう吉さんは、腕をふるって次々に器を作って渡していきました。 ところが、器がほしいと言う人が急に膨大な人数になり、まるで無限に続いているようでした。 とう吉さんは、なぜか急におそろしくなり、家を移して逃げてしまいました。 (いったい、どうしたってぇんだ。お客は欲しいってんだから、さっさと作って、ほいと 渡しゃいいじゃねえか) とう吉さんにも、作った器を渡すことに、不安になる理由がわかりませんでした。 そして町の人に、「とう吉さんは、けちになった。」と言われましたが、 とう吉さんは、もうろくろを回すことさえ不安になり、次第に心を閉ざしていきました。 ある時、ひとりの女の子がとう吉さんのところにやってきて、 自分が摘んできたお花を差し出しました。 「このお花を入れられる花瓶はありますか。もしあればください。お水をあげたいのです。」 と、言いました。 とう吉さんは、「ああ、かまわねえよ。」と、棚から一輪挿しを取り、中に水をいれて、その子に渡してやりました。 「ありがとう。」 その子は、お花を一輪挿しに入れて、笑顔で家へ帰っていきました。 とう吉さんはふっと笑うと「なんでぇ、優しい子だな。」とつぶやき、はっとしました。 (ひょっとして、俺が望んでいた自分の作ったものの渡し方って、こうなんじゃないだろうか…) それから、ひとりの男の子がとう吉さんのところへ近づいてきました。 家で遊んでいるときに、お母さんの茶碗や大事にしていたお皿をあやまって割ってしまったから、 代わりのお茶碗や器をください、と言う。 「ああ、いいさ。」 とう吉さんは、もう不安がなくなっていることに気がつきませんでした。 棚から、女性に合いそうなお茶碗や小皿を持ってきて、その子にどれが良いか選んで もらいました。 「もっといるかい。」 「ううん、もういい。ありがとう。」 その子は、それらを持って走って帰りました。その背中を見送りながら、 (子供は、器の価値なんてわからねえから、かえって渡しやすいな。)と、思いました。 それから、とう吉さんは、器をひとつ、つくってみました。 それは、とう吉さんが生まれてはじめて上手にできた器より、ずっと満足のいくものになりました。 とう吉さんは、遠方にいるおなじみのお客さんに、手紙を書きました。 そのお客さんは、すぐ来てくれて 「とう吉さん、これはすごいよ、来てよかった。こんな器を拝見できてうれしいよ」 そのお客さんは、単純にとう吉さんの作るものが好きなだけで、特にたくさん買うことも、 もらうこともしない人でした。 「でもこれじゃ、値が張るだろう。俺じゃとても手が出ないよ」 「いや、これは、あんたみたいな人に買ってもらいてえんだ。もらってくんねえか、安くするから。」 そして、手頃なお皿や鉢、花器などをたくさんつくり、それを数日間安く売りました。 多くの人が買いに来て、「以前よりずっと良い出来になっている。これじゃ、 もらうのは申し訳ない。」と、以前のように言ってくることはなくなりました。 仕事に困っている人には、陶芸を教えて独立できるように助けました。 弟子の作ったものに、「良い出来だ、これなら俺が買いてぇ。」と、とう吉さんは喜び、 再び陶器をつくる幸せをとり戻しました。 そして、とう吉さんは、ろくろを回しながら、自分にとって上等のお客さんであった子供たちのことを思い出して、 「また、来ねえかな。」と、思って良い笑顔で、鉢の形をつくっていきました。 おわり